property="og:title" content="ページタイトル" /> property="og:image" content="画像URL" /> 2018年01月はみ出し者の閾値
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※未UPの原稿は依然としてあるが、とりあえずは報告である。その13※

前回の投稿の続きである。

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手術の後、部屋に戻って麻酔が切れるまで考え事をしながら、ひたすら待った。
前にも書いたように、血栓が心配であったので、なんだか眠くなりながらも、できるだけ自分の状態に気を配って、感覚を研ぎ澄ませていようと思ったのだ。

本は沢山持って来ていたのだが、上肢が動けるだけで、体幹を起こす事すらできなかったので、何も手に取ることもできなかった。
ヒマではあったが、時々主治医や麻酔科医、看護師さんたちも来てくれたし、薬剤師と栄養士の訪問もあったので、退屈はしなかった。
夕方には少しの間、子どもとカミサンが来てくれた。

誰も周りにいない時は、体幹下部と下肢の神経の走行の図を頭の中に立体で描いた。
「抹消から感覚が戻るハズ」 ・・と考え、感覚の戻りを楽しみながら感じることにした。

右足から麻酔が切れてきた (腰椎穿刺をする際に、左側臥位になったのである) 。
但し、必ずしも抹消から感覚が戻る訳ではなかったのも、非常に興味深かった。

夜になって、かなり下肢の感覚が戻った頃、気になっていたチ〇チ〇を見てみた。
手術直後よりはマシっぽいが、チ〇チ〇はまだまだ 「生気を失ったような」 色をしている。
心配が募る。
・・・なんてこった・・、カテーテル内に出血がある!。
入院の2日前に、生まれて初めて尿道炎になったのだが、信じられないくらい痛かった。
・・・もちろんその時は、水を大量に飲んで (5リットルくらい) 自分で治したのであるが、アノ痛みはもうコリゴリだったし、膀胱や尿道が傷付いているのは、すごく嫌であった。
・・・と、いうことで、カテーテルを抜去してもらうことにした。
またまたラッキーなことに、まだチ〇チ〇だけは (ここが一番効いていたのだ!) 麻酔が効いているので、全く痛くはなかった。

ほとんどの感覚が戻って、各縫合部が痛み出したが、鼠経リンパ節の切除部は、それほどでもなかった。
移植片を採取した部分と、腫瘍の周辺組織を切除した部分は結構痛かった。
ちょうど夜になって、ロキソニンが処方されたので、気休めに過ぎないのはわかっていたが、飲んでおいた。

あとは、チ〇チ〇の感覚が戻れば、ひと安心なのだが、ココだけはあんまり感覚が無いままであった。
そうこうしているうちに消灯になったので、就寝した。

夜中1時過ぎの事だ。
凄い感覚に、私は飛び起きた
射精か排尿をしてしまったのだと思ったのだ。
・・・が、しかし、チ〇チ〇が、一気に起きただけであった。
漏らしていない事にもホッとしたが、最後の心配事が無くなって、やっと心の底から安心できた。



つづく




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2018.01/10 Wed 02:30|未分類 (あれこれ)||トラックバック(0)TOP↑
※未UPの原稿は依然としてあるが、とりあえずは報告である。その14※


入院中は、安静を保たねばならなかった。
基本的に・・・というか、ほぼ一日中、毎日毎日ベッドの上で過ごした。
本を読み、パズルをし、上肢と体幹の筋トレをし、たまに作業をした。

日中の多くの時間は、読書をして過ごした。
私の読書の基本的なスタイルは、時間に余裕がある時は、初めて読む本は続けて2度読みをする・・・と言うのが、私のいつものスタイルなのだが (小学校1年の時からこのスタイルだ。) 、以前読んだにもかかわらず、時間が無くて2度読み出来なかった本を、まずはチョイスした。
以前読んだ本をもう一回読んだりする方が、新しく取り掛かるよりも理解がしやすく、眠くならないのでおすすめ。
大体、20歳を超えて読んだ本は、大体10%以下しか記憶に残っていないモンで、2度目3度目になると、新しい知識がすらすらと頭に入ってくるような感じがして心地よい。
逆に、初めての本は苦労した。特にカミサンのチョイスした本は手こずった。
同じ 【健康オタク】 とは言え、カミサンは内科系なので、整形外科系の私の苦手とするところだ。
それでも何とか、どの本も2度読みした。
しかし、小説や自伝の中には、内容が凄くて読むことを断念したものもあった (次回以降に触れるが、皮膚移植の失敗でネガティヴ思考に陥りやすい状態なので、読むことを延期したのだ。) 。


ヒマなので、時々通りかかる人を、見ていないフリして、しっかり観察した。
医療従事者も色々いる。真面目な人からテキトーな人まで。
看護助手は、まじめな人ばかりだったけど、看護師は、色々・・・というより、差が激しかった。

例えば、
落とし物があっても、拾わない。
それどころか、自分が落としてしまった備品すら、わかっているのに拾わない。
目線をそちら (落とした物) に移したことは、間違いなく私が確認した。
わかっているのに、面倒だから拾わない。

物ならまだマシ。
向かいのジイチャンが、何故かトイレを水浸しにするのだが、気が付くたびに拭く看護師は一部の限られた人だけ。
それ以外は、気が付かないフリ。
同室の患者は、歩けるので (私とは違い行動制限が無いので) 、見て見ぬフリをして他のトイレに行く。
・・・結局、私が片足立ちで拭き掃除をするわけだ (こう見えても、私はこういう男だよ。) 。

私の入院した病棟の師長さんは、すごく出来た人なので、丁寧に仕事をしている人を 『時間がかかる。手が遅い。』 ・・などと言って、責めるような人ではない。
しかし、この病院の多くの師長は、手抜きをして仕事を早く上げてきた者を持て囃し、時間ががかった者を 『時間がかかる。手が遅い。』 ・・などと言って、責めることは、この病院につとめている看護師の友人たち二十数人から、よく聞かされていた (だいたい、「手が遅い」とはなんだ!。モノを扱ってるつもりなんだな。バカ過ぎるゼ。) 。
・・・その結果、何人もの真面目な人間が辞めざるを得ない状況に追いやられたことも知っている。
この病棟では、真面目な人間が責められるようなことはないらしかった (一応、『なんかあったら、オレが助けてやるぞ。こんなこと言われたりしてねーのか?。』・・とか、真面目そうな人には尋ねたりした・・・。笑) 。

結局 【真面目な人間が生きて行けるかどうか?】 は、
          上に立つ人間の裁量次第なのだと、
              つくづく感じたのだった。

もう、移植の失敗の見通しが立った頃、↑この↑ことを 『上に立つ人次第だね。』 ・・って、師長さん、副師長さんと話した。
真面目な師長さんや副師長さんが、これからも頑張ってほしいものである。
そして、無茶苦茶な師長は、駆逐されますように・・・と、願ってやまない。

このことと、頻繁に行き来するドクターヘリを見て思ったこと。
それは、・・・・・・
周りの医療従事者の友人たちの言う、 『〇〇〇くん(私)には、病院勤めは無理。』 『センセーとか言ってるような、この業界でこんな自由奔放な〇〇〇くん(私)は、生きていけないよ。』
・・・って事を、実感したのだった。
つまりは、医療従事者にはなれそうもない・・・って事。
こういう悪い慣習を壊すのなら、その組織に入ってしまうより、例えば組合のような圧力をかける団体の指導者にでもなってやる方がやりやすいであろうし、私には向いているとは思う (だからこそ、そういう仕事を求めてはいるのだが・・。人を見る目のないヤツらが多くて、箸にも棒にも掛からないのだ。苦笑) 。

う~ん、医療業界に行かなくてよかった・・・・のか?。
まあ、過去のことをいくら言っても仕方がないことではあるのだが・・・・。


つづく






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2018.01/13 Sat 02:00|未分類 (あれこれ)||トラックバック(0)TOP↑
※未UPの原稿は依然としてあるが、とりあえずは報告である。その15※

前回の投稿の続きである。

IMGP4407.jpg


皮膚移植部分に力がかからないように、移植後は安静にしなければならない。
普通は2週間の入院で安静を保つらしいが、足底は生着しにくいとの事で、3週間の入院となった。

腫瘍切除部については、メラノーマのあった周囲の組織を、転移の可能性のある組織・・として、大きく切除する。当然ながら、横方向だけではなく、奥に向かっても切除することとなる。
・・で、あるので、かなり深く穴をあける。
・・・とは言え、脂肪組織までである。筋を切除するわけではない。
私の足に空いた穴は、直径にして40mm~43mm (楕円) 、深さは最大7mm (移植片載せた状態で) くらいであろうか・・・。
メスで焼き切っているので、切除片はこれよりも若干小さいハズだ。


植皮片採取部は、それ以上の大きさになる。
こちらは、植皮片を採取後、引っ張って無理やり縫い止めるのである。もう無茶苦茶・・・って感じ。
だいたい外科の仕事って、こんな感じだ。整形でも、骨を削ったり、切って捨てたりして、ボルトで留める・・・とか、ほとんど大工仕事みたいだったりする (笑っちゃうけど、外科はわかりやすくて好きだ。) 。

植皮は全層植皮となる。
【全層】 とは言っても、真皮の下まではわずか2mmも無い・・・ハズ (手元に皮膚科の教科書は無い。) だ。
何故、全層移植になるのかは、専門家ではないので本当のところはわからないが、
・すぐ下に筋があるので。
・生活上、圧のかかる部位なので、できるだけ拘縮しない方が良い。
・・・・などの理由だと思われる (テキトーで、すみません。ホント、興味のなかった分野の知識は、笑っちゃうくらいに無いのだ。) 。


絶対にしくじりたくなかったので、私は極力安静を保つように心掛けた。
患側の足底を、絶対に接地しないように心掛けて、トイレに行き、そのトイレもできるだけ溜めてから行くようにした。
・・ああ、そういえば、関係無いが、カテーテル抜去後2日間ほど、排尿時にエアが排出されたのは驚きだった。


1週間後、包帯を外し、診察。
気持ち悪い黒っぽいピンク色・・・。
医師曰く、
『まあ、こんなもん。すごくイイとも言えないし、悪い状態とも言えない。普通。』
ただ、端の方は、
『ここら辺は、着かない。』
・・・との事。

う~ん、足底が生着しにくいのは、よくわかった。



つづく





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2018.01/14 Sun 03:20|未分類 (あれこれ)||トラックバック(0)TOP↑
※未UPの原稿は依然としてあるが、とりあえずは報告である。その16※

前回の投稿の続きである。


10日ほど経ったある日、後の移植の 【失敗】 が決定付けられる出来事があった。

その日は、入院以来、ほとんど眠れなかった私が、珍しくよく眠れたのであった。
0:30くらいから眠りについたのであるが、いつものように、巡回や、同室者の気配で起きることもなかった。
6:00頃、目が覚める直前に、その日命日であった友人の夢を見て、私は機嫌がとてもよかった。

・・今思えば、気分が良すぎて、慎重さを欠いたのであった。

エライDrの回診の後、いつものようにガーゼのクッションが入っていなかったのをわかっていたにもかかわらず、ちょっとぶつけてしまったのだ。
数時間後、包帯は血まみれだった。
主治医が手や服を汚してまで、血腫を取り除いてくれたのであったが、翌日以降も包帯を開くたびに血腫ができていた。
数日間様子を見たのだが、もう移植片の生着が無理なのは、シロートの私の目にも明らかであった。

そして私は、この出血以後2日間、すごく落ち込んだのだった。

しかし、3日目には心も落ち着き、
『ここらで不運なことがあるのも、またイイのではないか』
・・・と思ったのだ。

メラノーマだとは言え、ほんのチョット。
発現日が大体わかっている。
発見した時、いつもなら絶対にナイフで削ぐのに、削がなかった事。
面倒なので通院しないつもりが、子どもとは別件で (記述なし )行く必要ができた事。
発見から2カ月での完全切除。
その際のパンチの直径の変更。
耳の時のような悪い医者に当たらなかった事。
オペの際の可笑しかった事。そのため恐怖の欠片も無かった。
麻酔の効いているうちにカテーテルを抜去できた事。
追加切除片と、リンパ節には、癌細胞は検出されなかった事。

・・・これら全て、すごくラッキーな事の連続であったのだ。

ツキ過ぎて怖いくらいだったのだ。

ここらで少しばかり、アンラッキーが来ないと、逆に怖いってモンだ。



つづく




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2018.01/17 Wed 02:21|未分類 (あれこれ)||トラックバック(0)TOP↑
※未UPの原稿は依然としてあるが、とりあえずは報告である。その17※


2017年12月8日の投稿 【入院時の荷物 (病気療養報告 その8)】 では書かなかったものがある。
それは、だ。

元々、腰痛のため1年に1回くらいは歩けないほどの状態にさらされていた私だった。
学生時代は、教員側からイチャモンが付けられるかもしれないので、そのような腰痛で動けない日には、力の入らない側の下肢と体幹全体に晒しをキツく巻き、体幹には更にその上からコルセットをし、その上から服を着た。そして、杖に見えぬように傘の中に芯を仕込んだ 【ダミー傘】 を突いて、ガッコに通っていた。

その後、ガッコをクビになったからには、 『自分の健康管理もできないのに、医療従事者にさせるわけにはいきません。』 ・・などと言う脅しをされることも、もう無いのであるから、堂々と杖を購入することにしたのだった (アメカジに似合うように、武骨なアメリカのクラッチを探した。今なら手に入るのかもしれないが、サンザン探しても当時はアメリカのクラッチは手に入らなかった。そこで仕方なく、フランスのクラッチを購入した。) (あの学生時代ときたら、喫煙者は沢山いたのに、私だけ喫煙を理由に 「医療従事者になる資格なし」 ・・とか言われてたりしたもんだ。まったくよぉ~。) 。

しかし、近年、筋トレなどの効果もあり、腰痛に悩まされる割合も、痛みの強度もめっきり減ってしまった私は、杖を突くことも無くなり、長らくしまっておいたのであった。


・・・さて、話を戻そう。

2週間が過ぎ、予定の3週間になる前に、例の皮膚移植片について、
『これはもう、着かない。』 ・・と、判断された。
すぐに、翌日の退院が決まった。

退院に当たって、安静を解かれた私は、まず歩いてみることにした。

思ってもいなかった事であった。
たった3週間足らずの安静で、
これほどまでに “廃用” が進むとは・・

オペ後の経過がうまくいこうが、うまくいかなかろうが、 『杖など突かなくても歩ける』 と思っていたのだ。


・・・じゃあ何で、杖を持ってきたのか?・・・と言うと、
    武器にするためである。



元々、入院にあたって、安静時の武器は必要だとは思っていたのだ。
この病院で働く数人から、院内プリペイドカードなどの盗難が多発していることを聞かされていたので、
『任せときな、オレがコソドロを捕まえてやるぜ!。』
・・・などと、思っていたのである。
その際に足を使わずとも、体重と上肢体の筋力と、更にこの杖を使って、コソドロを押さえ込んでやろうと思っていたのである。
残念なことに、私の前にコソドロが現れることはなかった・・・ (ホント、残念だよ。この話をしたら、カミサンに怒られたけど・・。笑) (もっとも、下肢の安静さえなければ、最強の武器である “知識” を使って、いくらでも押さえ込むことはできるのだが・・。) 。


・・・まっ、結局、杖は必要になったわけだ。
筋力低下と、筋 (と靱帯) の短縮
・・・この2つのために、退院時に杖はどうしても必要であった。
退院時は片手に杖を持ち、片手にパラシュートバッグを肩から担いで、なかなかの重労働であった。
大きな病院なので、病院の玄関までも長かったが、病院玄関から数百m離れた所に、車を持って来てもらっていたのだが、そこまでの移動もかなりつらかった。

杖が無いと痛いのだが、それだけではない。
杖が無い時の 【かばい歩行】 と、 【杖アリの歩行】 では、後者の方が通常の歩行に近い筋の動きになる。・・つまり、短縮した筋のストレッチになる訳だ。
懸命にストレッチをしたり、杖歩行を繰り返したおかげで、退院後5週程で、筋は長さも筋力も元に戻ってきたのであるが、如何せん私は杖を使い続けた (退院後9週間の現在も使っている。) 。

創部の肉芽組織が生えてきて、更には皮が張るまでは、接地することで痛みがあるので仕方がない。

そして、退院後9週目に入って、やっと皮が張ったのであるが、
やはり接地はまだ痛い。

・・・この痛い時に、攻撃を受けたら、どうなる?。
1年に2回くらい、生意気そうなクソガキに、すれ違いざまにショルダーアタックをかまされたり、足を蹴られたりすることがある (こんな事が無い人がうらやましいぜ。) 。
もちろん、 【肩がぶつかった】 とか 【足が当たった】 ・・って言い訳を使えるように、この攻撃方法なのだろうが、明らかにすれ違いの瞬間に体を移動させて 『狙って』 きているので、確実にワザとやっているのがわかるばかりか、かなりの力を入れているのも、衝撃でわかる (これを、「まさか、ワザとやるわけがないだろう。」・・などと言う人は、誰からも攻撃を受けたことのない羨ましい人生なんだろう。) 。
大抵は、高校生か大学生くらいのガキ。3人以上いる中の1人が、仲間内でイイカッコをしたくて、 【風貌は怖いが、大人としての対応しかしないと思われる】 私を、 【安全なターゲット】 として選んでいるのだと思われる。
ヤバイ系のDQNとか、スジモンの場合は、こんな風に不意打ちをかけてはこないものだ。

私は、こんな痛みのある時に、こういうクソガキから攻撃を受けたなら、抑えが効かなくなってしまうかもしれない。
・・・で、あるから、
『あの手のクソガキも、まさか、杖ついてる奴に不意打ちを掛けたりしないであろう。』
・・・との、推論を元に杖を使っているのだ。
つまりは、そういう意味でもまた、護身のための武器なのだ (但し、杖歩行の私に攻撃をかけてきたら、杖以外の武器を使うが・・。) 。

杖の使用に関しては、その他にも理由があるのであるが、それはまた次回以降に・・。

とりあえず、クラッチだけが浮かないように、フランスの服や小物を取り入れたコーディネートにしてる。




つづく



 最近のはデザインも近未来的だなぁ・・。昔より安いし・・。





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2018.01/19 Fri 01:47|はみ出し者||トラックバック(0)TOP↑
プロフィール

DANGER MELON 

Author:DANGER MELON 
はみ出し者と言われ続けて30数年の某県△△市在住197?年生まれ自称39歳の専業主夫。

履歴:高校在学中に無認可障害者施設開所運動に関わり、高校卒業と同時に開所。以後数年間施設職員。それ以後は仕事も無くアルバイト+他で何とか食い繋ぐ。医療職を目指し齢31で進学、6年次に難癖付けられて退学。以後専業主夫。

思想:平和と民主主義を望む。足元はブーツのみ。セーターは着ない主義。

嫌いなモノ:差別、キノコ、弱い者イジメ。

好きなモノ:多数。書ききれません。当ブログ内で少しづつ紹介していきます。

過去の日付の遅延投稿 ならびに 最新追記 については、カテゴリー【おしらせ】をお読み下さい。友人の皆さんへのメッセージもあります。リンクについての記述もございます。 


※限定公開記事のパスワードは、連絡が取れる方は本人にご確認下さい。
※文書および画像の無断転載、また日記的出来事のエピソードの流用を禁じます。それらを発見した時は、法的措置を取らせていただきます。
※但し、政治屋批判の画像に関しては、遠慮なくご自由にお使いください。断りも入れなくて結構です。
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※どうしても連絡が必要な方は、連絡方法をご面倒ですがお探しください。

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