property="og:title" content="ページタイトル" /> property="og:image" content="画像URL" /> 死人に口なしはみ出し者の閾値
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□○さんの件
(2015年1月11日の投稿 [タカリ その1] ~1月19日の投稿 [タカリ その10] まで)
で、書いた 【Y子と一緒にスキー場にて私を脅し続けたオ▲】 が死んだらしい。

オ▲は、H.Nと言う名で、私も 『Hさん、ちわーっす。』 などと、
若い頃は呼んでいたものだ。
・・・つまり、私より年上であるって事だ。たしか、9歳くらい上だったと思う。

決別後は、コイツがタレントのオ▲に似ているために、
『ケッ、オ▲の話なんざ、オレの前でするなよ。』
・・・と、言った具合に、私は 【オ▲】 と、呼んでいる
(こんな奴の事は、話題にしたくはないので、
私がオ▲の事を話すことは全くないのだが、時々気の利かない奴が、
突然 「Hさん、最近どうしてるかなぁ・・・」 などと、
寝言のように話し出すことがあるので・・・だ。) 。


若い頃の私は、色んな所に顔を出していたのであるが、
オ▲とは、そんな中で知り合った。
最初の出会いは、まだ私が高校生の頃、
憧れの先輩であった HardRock 系ロックンローラーの Nさん の主催する
音楽関係のサークル 「Z」 で知り合ったのが最初だ。

第一印象が最悪 (・・らしい。私がどんなに大人しくしていても、いつもだ。
・・で、あるので、大人しくすることもなくなった。最近は、かなり大人しいが・・。)
である私にありがちなパターンで、
ご多分に漏れず オ▲も私にいい印象を持たなかったらしく、
初日から 『このクソガキ!、黙ってろ、口開くな!。』 などと言われたものだった。

当時の私は、誰に何を言われても、他人の事を 【悪い人】 などとは、
全く思ったりもしないノーテンキな奴だったので、たとえ第一印象が悪くても、
少数の人は時間と共に私のことを気に入ってくれたのである。
多分、オ▲もそうだったのだろう。
私が高校を卒業して、作業所の事にかかりっきりになった頃から、
サークル 「Z」 の集まりや、ロックンローラーのNさん の関係のライブなど
で顔を合わせる際に ( 「・・の喫煙所で」 ・・ってのが正しいか・・。笑) 、
オ▲の方からも少し会話の反応がかえってくるようになった。


以来、時々話す仲になっていたのであるが、
私が21歳の頃には、時々飲みにつれて行ってくれたり、
他の友人も誘って、遊びに行ったりすることもあった
(スキーには、一緒によく行っていた。) 。

その後、最初の仕事
(作業所の事だ。 “正社員” っていう意味では、最初で最後かもね。笑。)
をやめてから、私に再就職先などある訳もなく、
色んなことをやっては喰いつないでいた。

・・たしか、24歳だったか25歳だったかの頃の事である。
1月の中頃、何度かスキーに行った後、オ▲から、『3日間だけバイトに来いよ。』
・・と、誘われて、バイトに行ったのである。
3日目には、社長 (オ▲の父) に、言いくるめられるまでもなく、
勝手に社員になっていたのである
(突然、私の了承も得ず 「今日から社員だから。」 って、どんだけイカレてんだ。) 。
社員と言っても各種保険も何もなく 『日給月給制です。』 ・・って、
実質は 辞めることもできない長期アルバイト である
(オ▲の父は、辞められないような話ばかり並べやがるのだ。) 。


私は、オ▲の父と交渉し、なんだかんだと理由を付け、10ヶ月だけの約束にして、
なんとかその期間だけガマンすることにしたのであるが、
10日もしないうちにオ▲の態度は急変した (以下) 。



まずは、毎日8:00からの仕事であるのに、
6:30に出勤して会社の前で立っているように強制される。
抜き打ちで見回りをするそうだ・・
(一度、7:05に来てないのが見つかって、いつもに増して作業中に嫌がらせを受けた。
・・であるので、6:50には出勤し、毎日作業開始直後に尋ねられると、
「6:30に来てましたよ。」 ・・と、答えておいた。) 。

次に、昼休みは食事が終わったら、
休憩なしですぐに仕事に取り掛かるように強制される。
これも私が 『自主的にそうするように言った』 ・・そうだ・・
(もちろん、そんなことは言っていない。) 。

業務中も、何やかんやと理由を付けて、『死ね!。』 だの、
『会社のごく潰し!。』 だの、 『お前がいるだけで、会社が損をする。』 だの、
『給料全額返上しろ!。』 だの・・・ 言いたい放題。 

『○△取ってこい。』 ・・と、オ▲が私に言った工具を届けると、
『そんなもん取ってこいなんて言ってねーぞ!。要るのは□□だ。』 ・・ってのは、
一日中続く (少なくとも、1日に20回くらいはある。) 。
もちろん、私も□□を持ってきているので、今度はそれを渡すと、
『誰が□□要るって言ったんじゃ!コラァ!!。』 と、今言ったばかりの事すら翻す。
・・・コレ、マジで1日に20回以上・・・。

私の作業中に、背後から忍び寄り、突然大声で『ゴラァ!!』
・・・と怒鳴られ、振り向くと、バカでかいレンチが降ってきたこともある。
私はとっさに顔を守ったので、前腕にあざができた。
オ▲は、『渡そうと思ったのに、オメーが手を出したからケガをしたんだ。
ソレ、自分で責任取れや。』 ・・・などと言う。
そもそも、あんなバカでかいレンチは、ほとんど作業で必要はないのだ。
あれは、他業種にイバリを効かすために、現場に持ち込んでいるのだ。
DQN思考のバカだから。

砂やゴミはもちろんだが、小便をかけられた事もある。

大きなバケツ2つに入れたセメントなどの重い荷物は全て私に持たせて、
自分は手ぶらで満足そうにニヤニヤ笑っている。
しかも、遠まわりして運ぶ様に指示するし、
荷物搬入用のリフトなんかも使わせてもらえない。
挙句の果てには、4階まで運んだものを 『もう一度下まで降ろせ。』
・・と言う (セメントが固まる前に、もう一度4階まで運ばされた・・・・。) 。

業務時間を台帳に付けるのも、正確な勤務時間は付けさせてはもらえなかった。
そもそも、8:00から現場に移動し、現場を17:00に出て、会社で片付けが終わるのは18:00近く・・・・これを 【労働時間は、 9:00~12:00 + 13:00~16:30】 ・・ってことすらおかしいのであるが、
オ▲は 『昼休みも働け。お前がそう言ったんだ。』 ・・と強制して働かせた挙句
【勤務時間・・・9:00~11:40 + 13:20~15:30】 ・・・などと、記入させるのだ
(それ以前に 「日給・・・」 とか言っておいて、実際は時給で計算されてるし・・。)。

給料日の少し前に、
『お前に2万円貸してたよな。オヤジ、次回の給料から引いといて。』
と、言われ、手取りが減ったこともある。・・・もちろん借りてなんかいない。
さらには、給料をもらった後に事務所に軟禁され、
給料から引かれたハズのその2万円を、
『引いていない。』・・とか言われ、
現金でまたしても渡す羽目に・・・
 (そうそう、0:00頃までの事務所での軟禁は、毎日だった・・・・。)。


・・・そんな憂鬱で悲しい日々であったが、
様々な繋がりの中の友人や知人の間で変な噂を立てられたりするのも嫌だったので
(これだから、誰かの紹介や知り合いの所で働くのは避けるべきなのだ。) 、
約束した10ヶ月間はガマンしようと必死で耐えていた。

・・・・で、2ヶ月程経ったある日 (4月25日だったことを覚えてる。) 、
午前の作業が始まって、
オ▲の弟の IIIさん と離れるとすぐに、いつものように私に因縁をつけ始めたオ▲は、
『明日から来るな。わかったか!。
今すぐにでも出ていけ!。お前なんか会社のお荷物や!。
絶対明日から来るな!。死ね!。』

・・と、他業者の作業音が大きいのをいいことに私に怒鳴りつけた
(実際には、最後の 『死ね!。』 の部分は、『死ね死ね死ね死ね、死ねぇ!。』
・・と、5回繰り返したのだが・・・。) 。
・・つまり『絶対明日から来るな!。』 ・・と言う、
はっきりとした会社役員の命令を聞いたのである。

だから、私はその日の夜に社長に電話して、
『大変申し訳ありませんが、明日から行けません。ありがとうございました。』
・・と言ったのである。

元々、私は社長も信用していなかった。私の手根管症候群のテーピングも、
『大袈裟!。ワザワザこんなことして、オマエはワシに何を言いたい?!。』
などと、何度も私に言っていたくらいなので、
オ▲のことをチクっても無駄だと思っていた。だから、辞める際も言わなかった。
私は、オ▲の弟の IIIさん だけは、信用していたのであるが、
あの会社の中では、所詮私を助けてくれる力は持っていなかった
(兄であるオ▲が、私をイビっていたことは知っていたハズだ・・・。) 。


もちろん、この後も ≪オ▲ん家のH〇屋を辞めた訳≫ は、誰にも言っていない
(親しい友人たちにも、カミサンにも言ってない。何があったのかを、詳しく書いたのは、
今回のこの投稿が初めてだ。) 

台帳に付けた分の未払い分の賃金を支払ってくれそうになかったので
(手紙にて、振り込みをお願いしたのであるが、2か月たっても入金はなかった。) 、
労働運動関係の人の間では超有名な Mさん に間に立ってもらったのであるが、
Mさんにも簡単に 『嫌がらせでやめたのです。』 ・・とだけ説明しておいただけだ。


オ▲の腰巾着だったK.Cと言うガキが、友人K に
お互いに一方の話しか聞いていないので、
アノ人が辞めてHさん (オ▲) ち の会社に迷惑をかけたは、
話さないでおきましょう。 ・・・などと言ったらしいが、
私は友人K にも何も話してはいない。
当時 単に友人K は、私のことを十分に信用してくれていただけであり、
アチコチで言い触らしているオ▲の方が
『信用できない。』 ・・と判断したに過ぎないのだ。
(それどころか、オ▲の唯一の友人である、このオ▲の腰巾着のガキは、
事もあろうに私の母の親友である 私の幼馴染のTOMOのお母さんにまで、
『〇〇〇くん (←私の名)、Nさんの会社に大変な迷惑をかけて・・・・・
(中略:具体的な作り話を沢山話したらしい。)・・・気を付けた方がいいっスよ。
息子さんとも付き合いをやめさせるようにした方がいいっスよ。』
・・などと触れ回ったらしい。)

このオ▲の腰巾着のガキの例が、見本としては非常にわかりやすかったのであるが、
この件でオ▲の話の中にある矛盾点に気が付かない阿呆どもが、
オ▲の話を鵜呑みにして私に文句をつけてきたり、私から離れて行った事は、
面白おかしく眺めさせてもらったのである
(元より、みんなオ▲の事を、「すぐに難癖付ける、乱暴者」 ということで、
信用してなかったハズなんだけどな・・・・。
スキャンダラスな事が大好きな奴らは、自分で考える力が無いらしい。大笑。) 。

しかし、オ▲よぉ、死んじまったら、
まるでお前の話が本当みたいなっちゃうだろ!。



ちゃんと、長生きして、
矛盾だらけの話をし続けてくれなきゃ困るぜ!!!。

オ▲の腰巾着だったクソガキだけが、
まことしやかに作り話をし続けるのは、マジで困るよ!。
 
(いつになったらやめるのかね?。もう35歳回ってんだろう?いいかげんにしろよ。)





※追記※ 
この件も含めて、“仕事” って事に関しては、私にとって いい教訓になったと思う・・。 
私はこの件以降、『仕事、紹介してやる』 ・・って話は、
全て有無を言わさずに断ってきた。
また、友人で経営者の人間は、いくら美味い事を言っていても信用してはいない
(それ以前に、一度でも金を誤魔化そうとしたことがある人間は、信用しない。) 。
それどころか、『ウチでバイトしな。』 ・・って話も断っている。

※追記2※
一応書いておく。
今回のこの記事は、私の心の整理の為に書いた。
タイトルの 【死人に口なし】 とは、
本来は 「生き残った者が都合よく事実を捻じ曲げる」
・・・と言う意味であるが、この件では実際には本来の意味とは逆で、
死んだ人間によって、事実ではない事が私の関係先にて、
既にたくさん語られている。
それについて私としては、どうせ信じてもらえやしないので、
アチコチに反論する気などサラサラ無いのだ。
死んでしまった以上、オ▲本人から、 『全部ウソでした。』 と言ってもらえないので、
【死人に口なし】 と言うタイトルにしたのだ。
そして、オ▲のことを知っている友人・知人に、私のブログは教えていないので、
私がこのブログ記事をUPしても、オ▲とは違って私は言い触らしてはいない (笑) 。
それに、呼んでるタレント名すら匿名だし・・・。

※追記3※
オ▲の腰巾着だったクソガキ K.C は、枚方に行ったって話だったハズなのだが、
いつの間にか△□市に舞い戻って来たって話だ。
いい加減に、知りもしねーことを、私の古い知り合いや母の関係先に
言い触らしまくるのはやめてほしいのだが、
TOMO が 「あんなもん、放ォっておきな。」 ・・・って、私に言うので、
とりあえずはこれからもケンカを吹っかけてやったりはしやしないつもりでいる。

※追記4※
もう一つ、一応書いておく。
追記2 に、
「私がこのブログ記事をUPしても、オ▲とは違って私は言い触らしてはいない」
・・と書いたが、この記事は TOMO が亡くなる前の日付であるが、
UPしたのは亡くなって何か月もした後の事である (2016.08) 。
・・・であるから、≪オ▲ん家のH〇屋を辞めた訳≫ は、
オ▲のことを知っている人には、全く言っていなかったのだ
(TOMOにも言っていない・・って事だ。オ▲とクソガキ K.C が、アチコチで
デマを流している話は、色々な所から私の耳に入ってきていたし、
TOMOも そのデマを聞いたはずだ。だが、TOMOは、私に尋ねたりもしないし、
一言だけ 『勝手なこと、言ってるバカがいるみてーぞ。でも、気にすんなよ。』
・・って、言っただけだ。) 。
但し、UPしてから数日後にカミサンにだけは見せた。
その時点でこのことを初めて知ったカミサンは、『そんなことがあったの・・・。』
・・とだけ言っていた。


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2015.02/28 Sat 02:56|はみ出し者||トラックバック(0)TOP↑
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DANGER MELON 

Author:DANGER MELON 
はみ出し者と言われ続けて30数年の某県△△市在住197?年生まれ自称39歳の専業主夫。

履歴:高校在学中に無認可障害者施設開所運動に関わり、高校卒業と同時に開所。以後数年間施設職員。それ以後は仕事も無くアルバイト+他で何とか食い繋ぐ。医療職を目指し齢31で進学、6年次に難癖付けられて退学。以後専業主夫。

思想:平和と民主主義を望む。足元はブーツのみ。セーターとポロシャツは着ない主義。

嫌いなモノ:差別、キノコ、弱い者イジメ。

好きなモノ:お肉、他多数。書ききれません。当ブログ内で少しづつ紹介していきます。

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