前回の 【しない理由1】 では、ツイッターをしない理由を書かせていただいたのだが・・・・・
当ブログがコメントを受け付けていない事にも理由がある。
ここで書かせていただくことは、ツイッターをしない理由にも繋がるのであるが・・。
先日、ツイッターでオスプレイの議論をしていた性格の悪そうなタレントが、
『知識があるのに文句だけ言ってる奴はダメ』 とかなんとか言ったらしい。
はっきり言って、 『そんなこといったら、議論にならないじゃん!』 と思うのだが・・。
そんな風に、 《意見を言いたいなら、それなりの地位に就け》 とでも言うように、庶民の意見を封殺するのであれば、最初からそういう議論をしなければいいのではないか・・・・・と思うのだが・・。
そもそも、インターネットは自由な空間であって、 “意見の発信をする自由” が、これまで以上に多くの方に開かれた場所だと思う。
(どんな内容の意見を相手が言ったかは知らないので、肩を持つつもりもないが、私が他人の家でテレビがついていても文句は言わないが、あの性格の悪そうなタレントが出ている時は “不快” を表明している・・。更に、私にはよくわからないが歌手?らしい人も、このタレントと同様のことを言って擁護したようだが、 「お話にならない」 とは、正にこのことだ。では、君たち 有名人? が、何か解決してくれるのかね?)
かいつまんで言うと、彼らに言わせると 『一般人には、主権も言論の自由もない』ってことだ。・・・・・・・馬鹿げてる。
このタレント(もう赤頭ではないらしい)と同様に、 “府政を思いつきの政策で混乱させたまま、無責任に市政に乗り換えた、タレント弁護士” の政治屋も、手下のツイッターでの発言に対して、
『公選職なら汚い書き込みをしても許される』という主旨の会見をしたようだ。
信じられない発言ではあるのだが・・、この国では有権者から何も言われないらしい。
このように、彼ら有名人や政治屋をを筆頭として、 《誰かを攻撃することで、自らの小ささを覆い隠そうとするように、自分に酔っている》 、 【攻撃が目的】 の人が、世の中にはウジャウジャいる。
そもそもそういう言葉の暴力を人気の背景にして頭角を現した人が地方のトップにいること自体もおかしいが、そういうおかしな者を推す人たちが多いのも事実だ。
特にネットでは多い。そういう人たちからの、 【まず攻撃ありき】 な姿勢のコメントに真摯に応えていられるような時間は私にはないし、職業的義務もない (もちろん、そんな優しい人間でもない)。
そんな時間があるのなら、子どもとのかかわりに時間を使うのが私の人生の本筋だと思っている。
・・・・というよりも、 【攻撃目的】 の人は(前述した政治屋も同じだ)、痛いところを突かれても、罵倒した発言で逃げてしまって、議論にすらならないのだが・・。
また、これは、現実に様々な場所で様々な人と話をした経験から感じることなのだが、世の中には 私が当ブログで前々から書いている 《政治の話をしたがる田舎のオッサン》 状態の人が多い (というか、そういう人ばかりだった・・・)。
つまりは、話をする上で重要な 【基本的な知識】 が抑えられていない人が多いのだ(前述の 【攻撃目的】 の人もほとんどがそうだが・・)。
例えば、 『議員定数の削減が、国の財政節約になる』 などとぬかす政治屋の宣伝に、まんまと騙されている人を相手にするのは面倒だ。
反論をする前に、説明しなければならないことが沢山ある。
↓こういう、反論をすることになるのだが・・・・。
第1に、人口当たりの国会議員数の比率は、日本においては諸外国よりも少ない。つまり、船頭が少ない訳だ
(田舎のオッサンにそれを説明しても、そのどこが悪いのかすらもわかっていない。
聡明な方に説明など要らないだろうが、代表者が少ないと、広範な議論が望めないし、有権者の個々の状況に合わせた広範な意見の集約にならない。お金持ちに都合の良い様な意見を言う政治屋に騙された人の声は集約されるけど・・)。
第2に、削減対象は比例区なのだ。つまり、多様な民意が反映されない訳だ
(これも、田舎のオッサンは、「多数決の原理だ」などとぬかす。小選挙区の死票はどんな割合になるかも想像がつかないらしい・・・。
確かに困っている人は少数派だが、自分が困ったときのために、少数派の困っている人の意見が取り入れられた政策が実施されていることが、民主主義としては望ましい訳で・・、その為にも多様な民意が反映される仕組みは残しておかなければならない。)
第3に、小選挙区制度は、時と共に対立意見がほとんど無くなってくる。そんな中から選ぶのであれば、選ぶ必要がない。
(実際に、イラク戦争開戦にイギリス国民の6割以上が反対したが、二大政党はどちらも開戦の主張だったし、戦争は起こった。
日本の場合は、元々同じ穴の狢だったから、最初から対立部分はほとんどないから、尚更始末が悪いが・・・)。
↑こういうことを、例も交えてえんえんと説明するのは、とても大変だ。
しかも、これすら理解できないのだ。だから、それ以前の説明を更にすることになってしまう。
同じ歳の奴などには、 『こいつは一体、中3の公民の授業で何を聞いていたんだ!』 と、感じるのだ。
しかし現実には、これが多くの人の実態だと思う。
このように時々、田舎のオッサンに説明する機会があるが、それは “目の前にいる、知り合い” だからできることであって、 “不特定多数の知らない人” を相手にしてはいられない。
特にネットでは、顔も見えないので 【恥のかき捨て】 のように、普段はおとなしい人間も絡んでくることだろう。
私には、そんなヒマはない(もちろん、そんなのを相手に真面目にお話をしていられるような、できた人間ではないし・・)。
だから、無責任だとは思うが、コメントは受け付けていないわけだ。
もちろん、騙そうとしている政治屋は、当然自分の意見が悪いのを解っているはずなのだが、それすら解っていない議員なのに勉強不足な奴もいる。
私は、高校生の頃、地方議員相手に論争して相手を答えられなくしたとがある。
つまり、騙されている庶民と論争することは言うまでもなく、国会議員相手に論争する自信もある。
しかし、バカを相手にしているヒマがもったいないのだ。
私のブログの記述に間違いやおかしな思想があれば、友人たちがメールや手紙や電話で教えてくれるであろうし、間違いを素直に受け入れられないミットモナイ奴にはなりたくはない。
だから、『無責任だ』との指摘には、そうだとは思うのだが、やっぱりそんなことをしていられないのが、私の私生活の現状なのだ
(但し、ネット上をうまく探せば、私を知らない人でも、私にアクセスできる所を作ってあるのだが・・)。
もちろん、ツイッターの場合と同様に、単に四六時中コメントに縛られるのが嫌なのだが・・・。


にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
当ブログがコメントを受け付けていない事にも理由がある。
ここで書かせていただくことは、ツイッターをしない理由にも繋がるのであるが・・。
先日、ツイッターでオスプレイの議論をしていた性格の悪そうなタレントが、
『知識があるのに文句だけ言ってる奴はダメ』 とかなんとか言ったらしい。
はっきり言って、 『そんなこといったら、議論にならないじゃん!』 と思うのだが・・。
そんな風に、 《意見を言いたいなら、それなりの地位に就け》 とでも言うように、庶民の意見を封殺するのであれば、最初からそういう議論をしなければいいのではないか・・・・・と思うのだが・・。
そもそも、インターネットは自由な空間であって、 “意見の発信をする自由” が、これまで以上に多くの方に開かれた場所だと思う。
(どんな内容の意見を相手が言ったかは知らないので、肩を持つつもりもないが、私が他人の家でテレビがついていても文句は言わないが、あの性格の悪そうなタレントが出ている時は “不快” を表明している・・。更に、私にはよくわからないが歌手?らしい人も、このタレントと同様のことを言って擁護したようだが、 「お話にならない」 とは、正にこのことだ。では、君たち 有名人? が、何か解決してくれるのかね?)
かいつまんで言うと、彼らに言わせると 『一般人には、主権も言論の自由もない』ってことだ。・・・・・・・馬鹿げてる。
このタレント(もう赤頭ではないらしい)と同様に、 “府政を思いつきの政策で混乱させたまま、無責任に市政に乗り換えた、タレント弁護士” の政治屋も、手下のツイッターでの発言に対して、
『公選職なら汚い書き込みをしても許される』という主旨の会見をしたようだ。
信じられない発言ではあるのだが・・、この国では有権者から何も言われないらしい。
このように、彼ら有名人や政治屋をを筆頭として、 《誰かを攻撃することで、自らの小ささを覆い隠そうとするように、自分に酔っている》 、 【攻撃が目的】 の人が、世の中にはウジャウジャいる。
そもそもそういう言葉の暴力を人気の背景にして頭角を現した人が地方のトップにいること自体もおかしいが、そういうおかしな者を推す人たちが多いのも事実だ。
特にネットでは多い。そういう人たちからの、 【まず攻撃ありき】 な姿勢のコメントに真摯に応えていられるような時間は私にはないし、職業的義務もない (もちろん、そんな優しい人間でもない)。
そんな時間があるのなら、子どもとのかかわりに時間を使うのが私の人生の本筋だと思っている。
・・・・というよりも、 【攻撃目的】 の人は(前述した政治屋も同じだ)、痛いところを突かれても、罵倒した発言で逃げてしまって、議論にすらならないのだが・・。
また、これは、現実に様々な場所で様々な人と話をした経験から感じることなのだが、世の中には 私が当ブログで前々から書いている 《政治の話をしたがる田舎のオッサン》 状態の人が多い (というか、そういう人ばかりだった・・・)。
つまりは、話をする上で重要な 【基本的な知識】 が抑えられていない人が多いのだ(前述の 【攻撃目的】 の人もほとんどがそうだが・・)。
例えば、 『議員定数の削減が、国の財政節約になる』 などとぬかす政治屋の宣伝に、まんまと騙されている人を相手にするのは面倒だ。
反論をする前に、説明しなければならないことが沢山ある。
↓こういう、反論をすることになるのだが・・・・。
第1に、人口当たりの国会議員数の比率は、日本においては諸外国よりも少ない。つまり、船頭が少ない訳だ
(田舎のオッサンにそれを説明しても、そのどこが悪いのかすらもわかっていない。
聡明な方に説明など要らないだろうが、代表者が少ないと、広範な議論が望めないし、有権者の個々の状況に合わせた広範な意見の集約にならない。お金持ちに都合の良い様な意見を言う政治屋に騙された人の声は集約されるけど・・)。
第2に、削減対象は比例区なのだ。つまり、多様な民意が反映されない訳だ
(これも、田舎のオッサンは、「多数決の原理だ」などとぬかす。小選挙区の死票はどんな割合になるかも想像がつかないらしい・・・。
確かに困っている人は少数派だが、自分が困ったときのために、少数派の困っている人の意見が取り入れられた政策が実施されていることが、民主主義としては望ましい訳で・・、その為にも多様な民意が反映される仕組みは残しておかなければならない。)
第3に、小選挙区制度は、時と共に対立意見がほとんど無くなってくる。そんな中から選ぶのであれば、選ぶ必要がない。
(実際に、イラク戦争開戦にイギリス国民の6割以上が反対したが、二大政党はどちらも開戦の主張だったし、戦争は起こった。
日本の場合は、元々同じ穴の狢だったから、最初から対立部分はほとんどないから、尚更始末が悪いが・・・)。
↑こういうことを、例も交えてえんえんと説明するのは、とても大変だ。
しかも、これすら理解できないのだ。だから、それ以前の説明を更にすることになってしまう。
同じ歳の奴などには、 『こいつは一体、中3の公民の授業で何を聞いていたんだ!』 と、感じるのだ。
しかし現実には、これが多くの人の実態だと思う。
このように時々、田舎のオッサンに説明する機会があるが、それは “目の前にいる、知り合い” だからできることであって、 “不特定多数の知らない人” を相手にしてはいられない。
特にネットでは、顔も見えないので 【恥のかき捨て】 のように、普段はおとなしい人間も絡んでくることだろう。
私には、そんなヒマはない(もちろん、そんなのを相手に真面目にお話をしていられるような、できた人間ではないし・・)。
だから、無責任だとは思うが、コメントは受け付けていないわけだ。
もちろん、騙そうとしている政治屋は、当然自分の意見が悪いのを解っているはずなのだが、それすら解っていない議員なのに勉強不足な奴もいる。
私は、高校生の頃、地方議員相手に論争して相手を答えられなくしたとがある。
つまり、騙されている庶民と論争することは言うまでもなく、国会議員相手に論争する自信もある。
しかし、バカを相手にしているヒマがもったいないのだ。
私のブログの記述に間違いやおかしな思想があれば、友人たちがメールや手紙や電話で教えてくれるであろうし、間違いを素直に受け入れられないミットモナイ奴にはなりたくはない。
だから、『無責任だ』との指摘には、そうだとは思うのだが、やっぱりそんなことをしていられないのが、私の私生活の現状なのだ
(但し、ネット上をうまく探せば、私を知らない人でも、私にアクセスできる所を作ってあるのだが・・)。
もちろん、ツイッターの場合と同様に、単に四六時中コメントに縛られるのが嫌なのだが・・・。

にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
2012.08/19 Sun 00:00|未分類 (あれこれ)||TOP↑